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2011年3月13日 - 2011年3月19日

拡声器

 もうひとつ、被災地からの報告。こちらもこのブログでずっと紹介しています宮城県名取市の東北国際クリニックから、桑山紀彦医師のブログです。

 http://blog.e-stageone.org/

 連日、更新されています。

 今更新されている「あゆむさん」の話は、この土地に根ざして活動をしてきた桑山さんでなければ、見えなかった物語です。毎日、そういう話なんですが、きょうは特に。

 津波の現場で何が起きていたのか、その場にいなかった私は、想像するしかない。でも、もし現場に入って、あゆむさんの遺体と、その遺体が握りしめていた拡声器を目にしたところで、何も知らない私には何もわからない。けれど、あゆむさんを見つめてきた桑山さんならば、それが何を意味するのか、即座にわかる。

 その土地で、そこに住む人々と共に生きるということは、こういうことなんだ、と教えられます。日本であろうと、外国であろうと同じことなんだ、と思います。

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刻々と

 本業があるので被災現場を撤退せざるを得なかった山形県のミノル君が、3連休にまた被災地へ戻りました。頭が下がります。

 名取市の避難所は、自主運営の仕組みができてきたとのことで、北上したそうです。避難所は、刻々とその姿を変えるようです。当たり前。あれだけ多くの人たちが共同生活しているのです。

 外から支援をする私たちは、そのことをきちんと認識しないと、ひとりよがりな手を差し伸べてしまいそうです。

 ミノル君、また現場報告を待ってます。

+++本日の報告++++

 女川、石巻いきました。色々あって疲れたけど頑張ってます。明日から石巻の渡波小学校で1500人の炊きだしを出来るよう調整しました。ここに来てよかったです。増田中は自治運営にむけ、避難者による出食、掃除が始まりました。きれいに撤退し手薄な北部の支援に移ると共に、上山の避難所の手伝いをします。++++

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被災地通信 by 桑山先生

 こちらも、宮城県名取市で被災者のためにクリニックを開き続ける桑山紀彦医師のブログです。

 大変な状況のなかで、毎日アップされています。「伝えること」の大切さを知ってらっしゃるからでしょう。

 きょうは、報道が「原発一色」になってしまっていることへの懸念です。余震の恐怖にふるえている人々がいることも、決して忘れてはいけない、と。現場からの声です。

 http://blog.e-stageone.org/

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被災地通信byミノル君~あたたかな30分

 宮城県名取市の被災地で炊きだしなどの支援活動をしている、山形県上山市のミノル君から、3月16日の現地通信です。

 津波がくるとわかっていて、もう逃げることができなくなってしまったお年寄りたちと運命を共にした町内会長さんがいました。

 第一波から逃れ、第二波が来るまでの30分間。町内会長さんは、お年寄りたちを励まし、温め、奇跡を祈ったに違いありません。置き去りにされることのなかったお年寄りたちにとって、最後の30分間はきっと温かかった。そう信じたいです。

 ミノル君、あなたもまた、命を削っての救援活動、ほんとうにお疲れ様です。ありがとう。

+++以下、引用+++

 一昨日の夕方から周辺は電気も回復し、テレビも見られる環境になりました。

 昨日99人だった死者数が158人になりました。検視済みは108名ですが、身元確認がどれだけ済んでるかわかりません。

 地震後10分程で津波の第一波が閖上の海岸に届きました。一旦公民館に避難した集落の人に、第二波の方が大きいという情報が入り、中学校に逃げることになりました。しかし高齢者も多く、逃げるのは無理と考え、町内会長はおばあちゃんたちと残る決断をし、若い人だけが走って、中学校へ逃れました。30分後、小さな漁村の閖上は6mの波に飲み込まれ、今は建物の基礎しかない地域になっています。その時中学校へ逃げた方がこの避難所にいて、そう教えてくれました。

 その公民館や閖上の町をもうしばらく思い出さぬよう、この避難所はテレビを置いていません。みんなの心が落ち着くまでしばらくかかるでしょう。僕は暖かくおいしいご飯を食べてもらおうと一生懸命炊き出しをします。++++++

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被災地通信 by ミノル君

 宮城県名取市で支援活動をしている友人、ミノル君から、昨夜午前2時半に届いたメールです。

 被災地の抱える問題が凝縮されています。遺体を荼毘にふす燃料さえない。ボーリング場が遺体安置所。今まで取材してきた途上国の被災地と同じ光景がいま、日本にあります。

+++以下、ミノル君より+++

震度4程度の余震が続き、体育館が揺れます。大人は慣れてしまい冷静ですが、何人かの子供は、本震を思い出してか、必ず泣き出す子がいます。

旧ボーリング場が遺体安置所になりました。名取市では今99遺体が安置されていますが、県内では2000体ほど、収容されていないものは一桁、二桁多いのでしょう。

燃料がありません。今日、名取市等から受け入れる遺体の火葬を上山は始めました。当面40体を受け入れる予定のようですが、全体としても伸びざるをえないでしょう。そのために必要な軽油の確保が困難で、今回のプロジェクトを支える燃料会社経営の協力隊員OGとなんとか一昨日2キロ確保して、ローリーで火葬場のタンクに入れてきました。

昨日、ここに入る調整、調達のため国道を移動しているとガソリンを入れようとする乗用車が延々とならんでいます。全てのGSが同じ状況です。今朝、名取市に向う沿線も同じで、宮城では、本日休業の張り紙があるにもかかわらず、延々と列が続いていました。

事態は経験のしたことのない深刻さです。その深刻さを僕は20代から、文さんや桑山さんと体感し、その後の神戸の震災、エジプト、シリアなどの活動に繋げてきました。日本人は緊急を要する深刻さを自らのものとして感じることができなくなってしまった。隣人の必死の苦しみを自らの痛みとして感じる力が弱くなってしまった。

今は燃料が活動の生命線です。原発のこともあり、関東圏でエネルギー、燃料の需給バランスが崩れるとその影響は一気に東北の現場に出るでしょう。食料も買い占めがなされ、上山で一人暮らす高齢の母も買い物で十分な食料が確保できませんでした。デイサービスも家族送迎で弁当持参と言う条件付き継続となり、その役割を失っています。

今日は昼から雨がふり非常に冷え込みました。今、外は1度程度でしょう。泥地で救出を待つのは昨日が限界だったでしょう。一人でも多くの人が生き延びられるかは、一人でも多くの理解と協力にかかっています。今こそみんなの協力が必要です。++++++++

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炊き出し

 山形で新聞記者をしていたときからの友達、Mくんから、宮城県名取市での炊き出しの報告が届きました。

 「名取市の増田中で夕食の炊き出ししました。被災後初めて温かいご飯を食べられたとみんな涙を出して喜んでくれました。出食の後、二人の女の子が来て、温かいごはんをありがとうと言ってくれました。私と協力隊員OGでここに残り、炊き出しをしながら、他の支援先を探ります。もうすぐ、ライフラインは回復するでしょう。前線を更に進んで柴田、亘理、山元の支援の必要性を探ります。応援してください。

それより原発が心配です。」

 被災地から直接届いた、言葉です。

 

 

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知らなかったこと

山形の友人からのメールです。

宮城県の遺体が、山形まで運ばれてくること、初めて知りました。

火葬のための灯油が足りないこと、初めて知りました。

どんなにメディアが発達しても、現場にいなければ伝わってこないことが、こんなにあるんだ。

++++以下、引用+++

日本は、東北はすごいことになってしまいました。上山市とIVYで協力し、名取市で明日から支援活動を始めます。

今日はその調整をしながら、協力隊員のマラウイOBとともに、震災で送られる遺体のため、火葬場への灯油調達、供給の調整をしてました。明日、上山に40体が送られてきます。あらゆる燃料が十分に回らなくなってます。

亡骸とは逆に僕らは10数名で名取の避難所へ入り炊き出しをします。

東北に、宮城に、岩手に、福島に支援をお願いします。

+++++++++++++

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どうぞ、見てください!

 被災地である宮城・名取で、開業している桑山紀彦医師のブログです。

 どうぞ、見てください。http://blog.e-stageone.org/ 

 「お父さんもお母さんも死んじゃった」

 「ぜーんぶ流された」

 「おれよ、きょうここで泣いてもいいな・・・全部流されたよ」

 現地からの言葉、日本ではたくさん報道されているとは思います。同じような言葉であっても、そこに込められた思い、経験はひとつひとつ違うはず。

 カンボジアではテレビを見るしかない毎日です。被災された人たちも、不安の中暮らす家族や友人たちも、その恐ろしさや悲しみを日本で共有できなくて、ごめんなさい。遠く離れても、何ができるか、必死に考えています。

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