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「不明者8000人」にひとこと

朝日新聞で数日前から連載「不明者8000人」が掲載されました。

このタイトルについて、ちょっと思うことを記しておきます。

問題は、数字です。報道は、よく「丸めた」数字を使います。私も、報道関係の記事を書くときに、使ってしまいます。でも、端数を丸めた数字は、胸が痛みます。

「約8000人」とすることで、消えてしまう1や2や3があるのではないか。私などが言うまでもなく、現場の記者たちはそのことを痛感していると思います。

災害や事件の大きさが、死者数という「ボリューム」で語られるのが報道の常です。特に、海外報道ではその傾向が強い。海外では、日本ほど死傷者数の把握が確実ではないこともあり、丸めた数字しか報道できない、という事情もあります。

新聞記者をしていると、1年坊主のころから、この「ボリューム」報道になれてしまいます。典型的なのが警察の事故報道。今は少なくなったと思いますが、「交通事故死亡者100人を超える」みたいな記事がよく出ていました。私も、「何人死亡」という記事を、機械的に書いていました。昨年とくらべて増えた、減った、という分析(したつもりの)記事を書いたり。でも、当たり前のことですが、昨年の死者と今年の死者は別人です。悲しみも別ものです。

1997年、沖縄タイムスに出向していたとき、私は友人を交通事故で失いました。そのとき初めて、「一人死亡」の重さを知りました。そして、その事故で大けがをした友人を見て、今まで何気なく書いてきた「重傷」という言葉の重さも知りました。「一人死亡、一人重傷」という記事の本当の姿は、こういうことなのだ、と知りました。

見出しにある丸めた数字を見るたびに、私はその一つひとつを思い浮かべようとします。想像力を駆使して、「そのなかの一人」を思い浮かべようとします。そうして初めて、積み重なった数字の重さを知るのです。

私たち記者が現場へ行く意味は、「そのなかの一人」を読者が想像できるような声を、ストーリーを伝えるためではないでしょうか。

新聞の連載のタイトルに、日々変動する数字を使うことは不可能だったとは思います。けれど、私ならば、日々変わる数字をそのままタイトルとします。紙面をつくったときの最新の数字にして「不明者8069人」「不明者7983人」など・・・。「一人」の思いに近づくために。

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