ドサ2か所目。カンボジア中部のコンポンチュナン州で、ボンユキシャチョーがプロジェクトを仕切る陶器制作の現場へ。
栃木県の益子焼の陶工2人と瀬戸の陶工1人、計3人の日本人がここに滞在し、技術指導をしています。
ここは素焼きの土鍋が名産の村。あっちでもこっちでも鍋をつくっています。
砂をまぜた粘土で鍋を作るのは、女性の仕事です。家の庭で、子供たちの世話をしながら、一日中鍋をつくりつづけます。こんな感じ。
この土鍋づくりの方法がおもしろい。サトウヤシの幹を地面に埋めただけの土台に、粘土をどーんとおいて、あとは人間の方がぐるぐる回って形をつくっていく。小さな口からふわっとふくらむ、とても美しい丸みをおびた土鍋は、とても「ろくろ」なしで作ったとは思えない。くるくる、くるくる。この村では庭先で女性たちがずーっと回っています。くるくる、くるくる、時々かたわらの赤ん坊のハンモックを片手でとーんと揺らす。そしてまたくるくる、くるくる。
「この村で男に生まれたからにはサトウヤシに上れなきゃ。この村で女に生まれたからには土鍋を上手に作れなきゃ」
と、村の古老が教えてくれました。男はサトウヤシ。こんな感じ。
さて、そんな村で、ボンユキシャチョーの仕事とは、女性たちの素焼き技術をさらに発展させ、釉薬をかけた焼き物をつくろうというプロジェクト。きのう、栃木県の援助でつくった登り窯で、村の女性たちが初めて釉薬を使ってつくった作品を本焼きしました。
窯に火を入れたのが5日午前11時ごろ。それから温度を徐々に上げ、1300度前後になって焼きが終わるまで24時間かかります。マキを絶やさないよう、陶工のみなさんは徹夜。シャチョーと私も、ハンモックでうとうとしながら、おつきあいしました。
明け方、温度が1000度を超えました。窯の温度をチェックしながら。20~30分おきぐらいにマキを足し入れます。マキを投げ入れる窯の窓からは、真っ赤な炎が吹き出し、陶工たちは1000度のエネルギーを全身に浴びながらマキをくべつづけました。迫力がありました。
さて、あんまり書いちゃうとネタばれするのでこのへんで。コンポンチュナン焼きについては、4月10日発行の「ニョニュム」(これからつくるの)と、5月ぐらいに発行される「季刊・東北学」の連載エッセイで書かせていただきます。
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